週刊PONTEにて連載開始「日本ジャグリング記 黎明編」

こんにちは。
ハードパンチャーしんのすけです。

この1年ほど、「大道芸」ということを中心に色々考えたり、活動していたのですが、ちょうど今、日常の活動が止まらざるを得ない状況にあることもあり、改めて「ジャグリング」について考えたいな、と思っていました。

…とはいえ、今、ジャグリングの何をテーマにすれば良いかな、と考えていたところ。

人とジャグリングとのかかわりを読むことができるメールマガジン「週刊PONTE」に、中西みみずさんによる『ピンとくるくる通信「気になっているジャグリングの本、3冊を注文した」』という記事を読みました。

それは、日本のジャグリング史をたどるために、興味を引いたものを紹介する内容だったのでした。

うん、これなら僕にも書けることがあるかもしれない。

そう思い、PONTEに文章を送り連載させてもらうことになりました。不定期連載ですし(なるべく毎週書こうと思いますが)、最終的にどれくらいの分量になるかはわかりませんが、個人的な体験に基づいて、90年代後半から00年代前半のことを書いて行こうかな、と思います。

週刊PONTEは、転載等自由とのことなので、4/13に発行された第一回目の記事を、ここにも掲載します。

日本ジャグリング記 黎明編(1)ハードパンチャーしんのすけ

中西みみずさんの記事を読んで衝動駆られ、いつかいつかと思いながら投稿できずにいたPONTEへの文章を書いています。やっと書けて嬉しい。

どうも。
ハードパンチャーしんのすけと申します。
細々とジャグリングで生きています。

僕が初めてジャグリングをやってみたのは、1995年の年末頃です。
中西みみずさんの記事を読んで、その頃の記憶を(あくまで記憶です)書き留めておくのも何か役立つかしら、立たないのかしら、わからないけれども、赴くままに記します。

ジャグリングを始めた1995年の年末、僕は浪人生でした。
受験に向けて一身を捧げていたと言っても過言ではない生活。月曜日から土曜日、朝は通勤する会社員で満員の中央線に乗り御茶ノ水に向かい、夜まで御茶ノ水で過ごす毎日。本を読むのが好きだったのですが、そんな中の本のうち少なからずは受験に関わるものでした。

その中に月刊誌「大学への数学」がありました。
楽しみの一つは、ピーター・フランクルさんの連載コラムです。12月号だったか、11月号だったか…
カスケードの解説が記事になっていました。
「ジャグリング」という言葉こそ印象になかったものの、ジャグリング自体はテレビで見た印象が興味が強烈に残っていました。
浪人生活後にどうするかに、あれこれ想像を巡らせていたその時期。

カスケードの方法を読んだ僕は、
すぐに家にあるテニスボール3つを探し出しボールを投げ出していました。

ピーターさんのコラムには、東京大学のジャグリングクラブ「マラバリスタ」の紹介もあり、誰でも参加できるオープンな場であると書かれていました。ボールを投げ始めた僕は、大学生になった暁にはマラバリスタに行くぞ!と思うほどに、ジャグリングの魅力に取り憑かれました。
それ以降、勉強の合間に、カスケードを練習する毎日。
センター試験(来年はなくなるんですっけ?)会場やら、さらに入試会場でも、休憩時間にボールを投げる始末で、多分、迷惑なひとでした。

それが始まり。
マラバリスタに入ってからが、より当時のジャグリングの様子を伝えられるかと思いますが、それはまた、興が乗ったら。


以上、転載でした。
タイトルのデカさの割に、随分と極めて個人的な語りになっておりますが、当時のジャグリングの空気感が伝わるように書いてゆけたらな、と思います。

週刊PONTEについて

週刊PONTEは、ジャグリングがある営みについて、各人各様の切り口で書かれたコラムが掲載されています。

ジャグリングが日常にある、飾らない文章がいつも心地よいです。

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外出自粛要請が続く今日この頃ですが、お互い頑張って行きましょう。
ではまた。

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